驚いたことに、この『ハッピーレクイエム』という290ページの長編は、彼の処女作だという。2023年1月5日発行。
私は読み始めてすぐ、「こういう小説が読みたかったんだ」と快哉を上げた。
最初のシーンから、主人公聖子(しょうこ)の恋人の平松が、オーケストラの団員たちの飲み会の場で静かに死を迎える。
その死自体は静かでも、大学生で医学を専攻している吉川(よしかわ)がいち早く彼の異変に気づき、凄まじい延命治療を行いはじめる。戸惑い、やがて協力する団員たち。
この冒頭のシーンの激しい緊迫感にまずは心をつかまれてしまった、この作品は絶対に面白い。そう思いながら読み、そしてその期待は裏切られなかった。
聖子というやや特異な女の「思想遍歴」の記述も、まったく飽きさせない。
利発な彼女はキリスト教の影響下に育つが、やがて以下のように考察するに至る。
「……もしヒトが作れたら人間は自身を超越する。ヒトは神の被造物であって、人には自身の数を生殖で増やせても、ゼロから造ることはできない。この真理が崩れるということは、すなわち聖書にある神の業が大きく揺れるのだ。……」
遺伝子工学の倫理的問題に、神に真正面から挑もうとする聖子。己の絶命を覚悟して。
この作品は、処女作ということもあり、やや〈粗さ〉はある。でもそれさえもエネルギーを放ち、魅力に変えてしまう力をもった作品だ。
ぜひ多くの人に知ってほしい、読んでみて欲しい。
『ハッピーレクイエム』はウェブサイト「日本の古本屋」からもお買い求めできます。
こちらよりどうぞ。
https://www.kosho.or.jp/products/detail.php?product_id=549095916